オジー、父、娘
3代に繋がる
喜納農場のものがたり

オジーが起こした養豚農場、豚肉を沖縄文化へと発展させた父、

その想いを未来へと繋げる私…

親の背中を追い、命のエールを次世代へと残してきた歴史

第一章

「原点 ~父のこと~」

喜納農場2代目農場主・喜納憲政は、年間365日を農場で過ごし、

美味しい豚肉を生み出すことに全てを注いできました。

飼料の研究と改良、理想の養豚環境、飼育法を

約40年に渡って追求し続けてきた姿は、まるで求道者のよう。

私が物心ついたときから見続けてきたのは、

そんな父親の背中でした。

そして父が培った経験と技術の何もかもを注ぎ込んで作り出したのが、

オリジナルブランド肉「紅あぐー」「紅豚」です。

父がアグー肉を喜納農場で生産しようと決意したのは、

スーパーなどで流通するアグー肉の品質の悪さに驚いたことがきっかけでした。

「これが沖縄の伝統であるアグー肉として食べられてるのは、ウチナーンチュ(沖縄人)として悔しい!」

そんな熱い想いが湧き上がり、アグー飼育に乗り出しました。

そして、誕生したのが、本物のアグー肉「紅あぐー」です。

さらにその独自飼料と養豚技術を三元豚に用いることで「紅豚」が生まれました。

「豚肉はただの家畜や食料じゃない。文化だ」

父から受け継いだのは、農場や技術だけではありません。

何より大きかったのは、この沖縄の土地の養豚に対する情熱と信念でした。

第二章

継承~3代目しのぶの決意~

継承
~3代目しのぶの決意~

養豚一筋の父に

「私より、家族より、豚が大事なのか?」

と寂しさをぶつけたこともありました。

しかし、私自身が大人になり、そして沖縄の豚肉産業に就いたことから、

その寂しさは徐々に変わっていきました。

同じ産業の他の職種で働き、そして食肉産業や畜産について学ぶなかで、

父の作る喜納農場の豚肉が特別であることに気づいたのです。

「美味しい!どうやって育てたら豚肉がこんなに美味しくなるの?」と。

同時に、父が手掛けていることの偉大さにも気づきました。

父の養豚に対する想い、研究、技術。その全てを残したい。

沖縄の伝統的な食文化である養豚を未来へと継いでいきたい。

そのような想いから、3代目として農場を継ぎ、全国でも珍しい女性養豚家となった私。

「豚を通して、人を、家族を、そして自分も幸せにする」

その決意を胸に、父の育てた農場を受け継ぎました。

第三章

試練と再建~2020年 豚コレラ~

試練と再建
~2020年 豚コレラ~

農場を受け継いで2年後。あの日は、突然にやってきました。

2020年1月、うちの農場で指定伝染病・豚コレラの陽性反応が出たのです。

当時、喜納農場にいた豚は3012頭。この豚、全頭の殺処分が行われました。

ただの豚ではありません。

オジーから父へ、父から私へと受け継がれた歴史のある豚たちです。

父が飼料を研究し続けて、大切に育て、命を繋げ続けた豚。その全てが消えてしまいました。

「自分の農場で起こったことは全部見よう」と、私はすべてを目に焼き付けました。

一頭一頭に「ごめんね」と謝りながら。

でも、私以上につらい思いを胸に抱えていたのは父です。

何よりも大切にしてきた豚を失った父は、失意のなかお酒に溺れました。

その姿を見て、「こんな思いをさせるために農場を継いだわけじゃない…」と密かに闘志を燃やしました。

父にもう一度、養豚を楽しんでほしい。そのためにも、必ず農場を再建する。

私は、そう決意したのです。

父、私、家族、従業員が一丸となり、農場の再建に乗り出しました。

近隣の方々、対応してくれた自衛隊の方々、色々な人たちから応援の言葉を頂きました。

「豚の命と向き合う」

喜納農場は、再び、未来に向けて一歩を踏み出したのです。

第四章

これから ~文化と命を未来へ~

これから
~文化と命を未来へ~

あれから月日が経ち、喜納農場は再生しました。

試練を未来に繋げるため、2021年には「農場HACCP認証制度」を取得。

衛生管理をより向上させ、安全性を見える化させた形で

お客様の手元に豚肉をお届けできるようになりました。

そして、現在は、オリジナルブランドの「喜納あぐー」「喜納の三元豚」を販売。

創作イタリアンや土地の食材を使った料理店など、食材や料理へのリスペクトを持った方々に向けて、

そのこだわりを活かす豚肉を育て、卸しています。

これからも、豚肉を通して沖縄の食文化を未来へと繋いでいきます。

それが私たち、喜納農場の使命です。